科学と社会の接点を読む〜2025年12月第4週版「AI基本計画」閣議決定、卓越大の選定、宇宙・安全保障、研究公正が同時に動いた週
本記事は、毎週発行しているメールマガジン「サイエンス・コミュニケーション・ニュース」からの抜粋です。
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1)令和8年度予算案閣議決定
メルマガ発行後のニュースなので、本来来週号のニュースですが、theLetterの記事にしました。詳細はこれをご覧ください。
SNS上では好意的な声が出ています。上記記事では国立大学の運営費交付金を中心に取り上げていますが、若手向け研究費の増加も大きな話題です。
国会での論戦も注目していきたいと思います。
2)AI基本計画閣議決定
AIの開発・利活用を国家として推進する「基本計画」が初めて閣議決定されました。ポイントは、研究開発支援だけでなく、医療・介護・金融・行政など具体の実装領域を名指しし、投資と制度整備を一体で進める構図が見えたことです。一方で、計画は「推進」の旗を立てるほど、責任分担(事故・誤判定・著作権・個人情報)と透明性(評価・監査・説明可能性)を同時に設計しないと、現場が萎縮し、社会的反発も招きます。計画の実効性は、実装現場のルールと予算配分で決まります。
3)科学技術・イノベーション基本計画(第7期)素案に「6つの柱」
第7期の基本計画素案が示され、「柱」で全体像を整理する段階に入りました。AIや経済安全保障の比重が高まる一方で、研究者の雇用安定、基盤的経費、研究開発インフラの更新といった“地味だが効く政策”が後景に退くと、研究力は持続しません。基本計画は、政府の方針を縦割りでなく束ねる装置です。だからこそ「柱」が現場の痛点(人・時間・設備・事務)に直結しているかを点検する必要があります。評価指標の置き方次第で、大学の行動が歪むことも忘れられません。
4)日本、EUと研究開発枠組み「ホライズン・ヨーロッパ」参加で実質合意(国際連携)
別記事で紹介しました。
その後合意文章が発表されています。
ホライズン・ヨーロッパは巨額の研究開発枠組みで、参加の意味は資金獲得だけではありません。共同研究ネットワーク、研究者の移動、標準化やルール形成への関与など、研究の「土俵」に入る効果が大きいです。一方で、参加は国内制度の整合(研究インテグリティ、データ管理、知財、輸出管理)を求めます。大学側は国際競争の機会が増える半面、事務・法務・セキュリティ負担も増え得ます。国として、現場の体制整備にどこまで投資するかが試されます。
5)国際卓越研究大学:東京科学大・京大が候補、東大は継続審査(制度運用の焦点)
先週のレターですでにご紹介しているニュースですので、追加情報を。
候補になった東京科学大は、博士課程の学生に400万円を支出するそうです。
このニュースには歓迎する声と、中堅以降が年収が低いままだと、博士課程に入り直せばいい、といった声もあがっています。今後どのような制度設計になるのか、注視していきたいと思います。
6)留学生授業料引き上げ・値上げ議論の拡大(大学財政の現実)
留学生の授業料引き上げは、大学が国際化を進めたい一方で、財政が逼迫している現実を映します。受益者負担で賄う発想は分かりやすいですが、優秀な人材獲得競争では逆風にもなります。奨学金・生活支援・研究環境の総合パッケージで勝負する世界で、授業料だけを上げると「来ない理由」を与えかねません。政策としては、大学に自助努力を求めるだけでなく、国が国際競争戦略として人材投資をどう位置づけるのかが問われています。
7)文科省:AI for Scienceを支える研究データの管理・利活用WG(制度設計の入口)
AI for Science は、データと計算資源が研究成果を左右する段階に入りました。WG設置は、研究データの標準化、共有、アクセス制御、メタデータ整備など“地味だが効く”制度課題に正面から向き合う動きです。ただし、データ流通を進めるほど、個人情報・知財・安全保障・研究不正対策が絡み、現場の手続きは複雑化します。重要なのは、研究者に追加負担を押し付けない形で、支援人材(データスチュワード等)とインフラ投資をセットにすることです。
8)大学講師の無期転換を巡る訴訟が和解(研究者キャリア)
羽衣国際大の雇い止め事件は、最高裁が大阪高裁に差し戻し、注目を浴びていました。判決が確定してしまうことの影響を考えた苦渋の和解だった可能性があります。
有期雇用と無期転換は、研究者の生活だけでなく、研究の質にも直結します。短期雇用が常態化すると、長期課題に挑戦しにくく、研究室運営も不安定になります。和解は個別事案ですが、制度の“綻び”が顕在化しているとも言えます。政策としては、運営費交付金や間接経費の設計が、雇用の安定化にどうつながるかを再設計する必要があります。大学の裁量に任せきりにせず、国が雇用の最低条件をどう支えるかが論点です。
9)富山県立大で成績データが閲覧可能状態(情報ガバナンス)
設定ミスで成績や単位情報が広範に閲覧可能だった事案は、大学の情報ガバナンスの弱さを示します。研究データだけでなく、学生・研究者の個人情報、共同研究契約情報など、大学が扱うデータは多層化しています。DX推進の裏で、権限管理や監査ログ、委託先管理が追いつかないと、信頼を失い国際連携にも響きます。政策的には「セキュリティ投資=コスト」ではなく、研究基盤そのものだと位置づけ、専任人材と予算措置をセットにする必要があります。
10)研究不正探偵が和解金獲得(研究公正の新局面)
この件についてはnoteに記事を書きました。
研究不正を追及する“外部の目”が制度的に位置づき始めていることを示すニュースです。内部告発者や調査協力者が報復を受ける構造が残る限り、研究公正は守れません。一方で、探偵の活動が拡大すると、調査の透明性・適正手続き・名誉毀損リスクなど新たな課題も生まれます。重要なのは、個人の英雄譚にせず、組織としての調査能力、再発防止、データ管理、研究倫理教育を一体で整備することです。日本でも制度設計の議論が必要です。