科学と社会の接点を読む〜2026年1月第2週版 浜岡原発のデータ捏造問題、チンパンジーアイ逝去、学生のメンタル悪化

今週は、まだ新年ということで、ニュースは少なめでした。チンパンジーアイの「逝去」は、多くの人たちの涙を誘いました。学生のメンタルヘルスが世界中で問題になっていることも話題になりました。有料部分では、浜岡原発の審査で浮上した「地震想定の過小評価疑い」「データねつ造疑い」が、規制の根幹を揺さぶる論点であることを掘り下げます。
榎木英介(カセイケン代表) 2026.01.18
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1)国立大学:科研費・運営費交付金が増えても安心できない理由

 増額は朗報ですが、30年単位で細った基盤的経費の穴を一度で埋める性格ではありません。とくに人件費・光熱費・設備更新・事務体制が同時に苦しくなる局面で、単年度の増額は「延命」にはなっても「構造改革」にはつながりません。研究時間を守る制度(技術職員・URA等の支援)と、安定雇用がセットでないと研究力は戻らないでしょう。

 衆議院が解散見込みですが、選挙後の政策がどうなるか気になります。

2)国際卓越大:東京科学大・京大「選定後が本番」

 国際卓越大は選ばれたら終わりではなく、計画の実装とモニタリングが続く制度です。ガバナンス改革やKPI設計が、現場の研究時間を削る形で走れば逆効果になり得ます。要点は、①研究支援・雇用・設備更新という土台が厚くなるか、②外部評価が短期指標偏重にならないか、③学内の合意形成コストをどう下げるか、です。

3)JAXA:ISS長期滞在クルー帰還

 健康上の事情で長期滞在クルーが帰還したというニュースは、無事で何よりであると同時に、「有人宇宙活動は常に不確実性と隣り合わせ」という現実を思い出させます。有人計画は技術だけでなく、医療・支援体制・意思決定の透明性が信頼の基盤です。宇宙開発を産業政策として語るほど、リスク説明の質が問われます。

4)JAXA/朝日:ISS長期滞在搭乗員の指名・諏訪理さんの長期滞在

 搭乗員指名は、宇宙政策の人材パイプラインそのものです。訓練や国際調整は長期にわたり、予算の安定性が不可欠です。国内では研究費の短期化や雇用不安が議論されますが、宇宙のように長期計画が前提の分野ほど、政策の一貫性が成果を左右します。宇宙は「国家の持久力」を映す鏡でもあります。

5)東京科学大:理工の飛び級→医学科編入(進振り)

 既報ですが、重要なのは医師不足対策というより、大学が人材設計を組み替え始めた点です。理工系の基礎力を医療へ接続する構想は、AI医療・医工連携とも相性が良いと思われます。一方で、医療現場の教育資源(指導医・実習先)や、研究医養成の設計を誤ると、入口だけ広げて出口が詰まります。制度の整合が問われます。

 この件はnoteで解説しました。

6)医学部入試の戦略転換

 難関大医学部不合格層を取り込む戦略的入試は、地域医療と研究人材の供給を左右します。偏差値上昇は「人気」でもありますが、地域偏在の是正や卒後進路の設計が伴わないと、医師配置の問題は解けません。大学の入試は教育制度であると同時に、地域政策・医療政策の装置です。成功例ほど、再現条件を点検する必要があります。

 奈良医大もそうですが、後期試験で優秀人材を集める山梨大学は、いわゆる「仮面浪人」で翌年最難関に挑戦する学生があらわれます。出身校が優秀さを示す「シグナル」となっている現状をふまえると、難しい舵取りが要求されます。

7)島根大:人事院勧告への対応に苦慮

 「人件費が払えない」は大学の基盤崩壊のサインです。交付金が実質目減りする中で、給与改定・物価高・設備更新が同時に来ると、大学は削りやすい所から削ります。その結果、研究支援や教育の質が落ち、悪循環に入ります。運営費交付金は研究費ではなく組織の呼吸のための「空気(酸素)」です。ここが止まると研究力も止まります。

8)査読は無償奉仕か:業績化の議論

 査読は学術のインフラですが、負担が個人の善意に依存しすぎています。評価に組み込む、可視化する、あるいは一定の報酬・時間保障を設けるなど、制度設計が必要です。AI査読やAI生成論文が増える時代ほど、人間の査読の価値は上がります。ただし「業績化」も、数を競わせれば形骸化します。質をどう測るかが難所です。

9)博物館法の基準改正案と「廃棄」問題(日本民具学会声明)

 博物館資料は、研究資源であると同時に公共財です。「廃棄」を制度でどう位置づけるかは、保存コストと継承責任のバランス問題になります。理想論で保存を求めるだけでは現場は回りませんが、拙速な基準変更は地域文化の不可逆な損失を招きます。重要なのは、選別の透明性、第三者性、そして保存のための予算と人材をどう確保するかです。

10)内閣府:公文書管理の状況報告

 公文書管理は、政策の説明責任の土台です。科学技術政策でも、会議資料・意思決定の根拠・データが残らなければ、後から検証できません。AIや原子力、感染症のように不確実性が高い分野ほど、意思決定のログが重要になります。行政の効率化が進むほど、保存・公開の仕組みを「後回し」にしないことが、結局は政策の信頼を守ります。

11)九州大病院:前病院長の辞職(調査継続)

 大学病院は医療提供だけでなく教育・研究の中核です。組織の統治、寄付金や研究費、臨床研究の管理など、制度の問題です。トップの辞職で終わらせてはいけません。大学ガバナンス改革は書類ではなく、運用で信頼を回復できるかが勝負です。

12)静岡大学:ハラスメント

 研究室は権力勾配が強く、被害が表に出にくいなど構造的問題を抱えています。。制度的には、相談経路の独立性、調査の透明性、再配置や教育などの再発防止が要です。「研究力強化」を掲げるほど、人材の尊厳を守る統治が研究基盤になります。

13)TOEIC不正:早稲田大の対応(大学・試験・闇ビジネス)

 試験不正は教育の信頼を毀損し、留学生政策や大学院選抜にも影響します。処分の重さだけでなく、背景に代行・斡旋ビジネスがある場合、大学単体では抑えきれません。必要なのは、試験運営側との情報連携、本人確認の強化、そして不正の温床(過度な要件・締切・評価偏重)を制度として見直すことです。

 以下のnote記事で解説しました。

15)国際政治と気候:国際枠組み離脱の連鎖

 気候変動枠組み条約など国際枠組みからの離脱は、研究協力・データ共有・資金の流れにも影響します。WTOは対象外など、離脱の選別にも政治的意図が表れます。科学技術政策は国内で完結しません。国際ルールが揺れるほど、日本は「どの枠組みに残り、どこで主導権を取るか」という外交としての科学政策が問われます。

16)食事ガイドライン論争:科学・産業・透明性

 「科学に基づく」と言われるほど、利益相反、証拠の選別、期限の圧力、プロセスの透明性が焦点になるはずですが、このガイドラインには大きな懸念が出ています。重要なのはガイドライン策定の手続き(誰が、どの証拠で、どう判断したか)ですが、政治によって歪められているようdす。トランプ政権の「ゴールドスタンダード科学」の方針が、早速悪影響を与えたと言えるでしょう。

 ゴールドスタンダード科学については、以下のnoteで解説しました。

17)大学・学術文化の縮小:人文学大学院の打撃

 財政難で人文学大学院が縮小される動きが米国で顕在化しています。短期の就職指標では測れない学術領域ほど切られやすい傾向がありますが、AI時代の倫理・歴史・文化理解が求められるほど、人文学の基盤は重要になります。トランプ政権の動きも大きな問題ですが、不安定な資金に依存せざるをえない学問の基盤という構造的な問題もあります。

18)AI×科学政策:米「ジェネシス・ミッション」

 国家イニシアチブとしてAIで科学的発見を加速する構想は、研究基盤(計算資源・データ・人材)への投資を意味します。日本でもAI for Scienceが議論されますが、差は「号令」より実装資源です。計算資源の共同利用、研究データ流通、研究者支援の制度設計が追いつかなければ、掛け声倒れになります。競争はモデルではなく、基盤で決まります。

19)研究人材・教育:博士育成の産学連携/博士の生活苦/免許いらず教員

 博士人材の育成は「奨学金」だけでなく、研究テーマ・就職先・生活の見通しが必要です。企業と大学の協定は出口づくりになり得ますが、実態が“都合の良い労働力”になれば逆効果です。生活苦データは、制度の弱点を可視化します。また博士号取得者への特別免状の拡大は、博士の多様なキャリアを開く一方、教育現場の支援体制も問われます。

20)学生・研究者のメンタルと待遇:世界的課題

 世界中の大学で学生のメンタルヘルス危機が深刻化し、うつ病や不安症が急増しているとのこと。背景には学業や経済的重圧などがありますが、特に社会的弱者が支援を受けにくい状況です。解決策として、大学、政府、医療機関が連携し、学生参加型のプログラム開発や単位認定されるメンタルヘルス教育、AI等のデジタルツールの活用、そして包括的なケア体制への十分な投資を行うべきだと筆者らは提言しています。

21)政策論としての研究費

 SNS上で大きな話題になった記事です。「選択と集中」と論文数の関係を因果推論で扱う試みで、非常に説得力があります。こうしたエビデンスに基づく議論が政策決定にも取り入れられてほしいのですが。

22)移民・留学生・排外主義:人材政策の前提

 研究・産業・医療の人材不足が進む中で、外国人に依存しつつ排外主義が強まる矛盾が指摘されています。大学の国際化も、留学生数の目標だけでは回りません。受け皿(生活・教育・キャリア)と社会の納得が必要です。科学技術政策は、人材政策と不可分であり、社会の分断リスクを織り込んだ設計が求められます。

23)チンパンジー「アイ」逝去

 「逝去」という表現に敬意がにじみます。しかし、アイの晩年がアイと二人三脚だった松沢哲郎氏の研究費不正の問題で揺れたのは残念でした。

24)ノーベル選考委員長インタビュー(基礎研究と評価)

 ノーベル賞の理念は「応用」より「科学的意義」に重きを置くとされます。一方、国内では基礎研究の重要性が語られても制度が追いつかないという不満が根強い状態です。ここにギャップがあります。評価・配分・雇用が短期主義に傾くと、基礎研究は衰えます。顕彰は象徴に過ぎず、必要なのは研究時間、設備更新、若手の待遇という土台への投資です。

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【ここから有料】見えないひび割れ、見えない真実 —— 浜岡原発データ問題が問う「研究公正」の欠落

サマリー

 2026年1月、原子力規制委員会は中部電力に対し、浜岡原発の基準地震動データ不正操作に関する報告命令を出しました。2002年のシュラウドひび割れ隠蔽から続く、終わらないデータ改ざんの連鎖。なぜ、技術者たちはデータを歪めるのか。以下の有料部分では、一連の問題を単なる企業不祥事としてではなく、科学研究における「研究公正(Research Integrity)」の崩壊という視点から読み解きます。

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報道解説 — 日本の「ホライズン・ヨーロッパ」参加決定とその意義