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科学と社会の接点を読む|2026年1月第1週版~オープンサイエンスの実効性、米国国立衛生研究所(NIH)助成金申請を再審査ほか

本号では、学術出版の規制、オープンサイエンスの実効性、AI生成物(AI slop)への抵抗、研究者キャリア不安、大学政策の歪み、そして科学と政治の緊張関係をめぐる国内外の論考を取り上げます。とくに有料部分では、年末に大きく動いた米国国立衛生研究所(NIH)の助成金問題を深掘りし、「削減が止まった」ことの意味と限界を整理します。
榎木英介(カセイケン代表) 2026.01.11
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■ 学術出版をどう規制するか――外部規制という選択肢

 学術出版の質保証を出版社の自律性に任せ続けてよいのか、という根源的な問いを投げかける論考です。論文撤回やペーパーミル問題が続発するなか、ベストプラクティス遵守を「市場原理」や「評判」に委ねるだけでは限界があると指摘します。とくに注目すべきは、外部規制の導入を現実的な選択肢として提示している点です。これは言論統制ではなく、食品安全や金融規制と同様の「公共インフラとしての科学」を守る枠組みだと位置づけられています。

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■ オープンサイエンスは本当に効いているのか

 理想として語られてきたオープンサイエンスの「効果」を実証的に検証した大規模研究を紹介しています。透明性や再現性の向上は理念として共有されているものの、研究成果の質向上や社会的便益との直接的な因果関係は、現時点では限定的だという結論です。重要なのは、オープン化そのものが目的化してしまう危険性への警鐘であり、制度設計と評価指標の再考を促しています。

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■ 岩手大

 岩手大学の教授が学生に研究不正を指示したという事例です。研究費不正使用も明らかになっています。

 研究不正は個人の逸脱行為として語られがちですが、本件では研究倫理を守るべき立場の教員自身が不正行為の主体となり、上下関係を通じて不正を実行させた点が最大の問題です。

 文部科学省のガイドラインでは、捏造・改ざん・盗用は「特定不正行為」とされ、研究成果の信頼性を根本から損なうものと位置づけられています。教員による指示は、若手研究者や学生が拒否しにくい構造を生み、不正を組織的・継続的に拡大させる危険性があります。これは単なる管理不行き届きではなく、研究現場の権力構造そのものの問題です。

 大学が処分内容を公表した点は評価できますが、再発防止策が十分かどうかは別問題です。本事例は、「不正は末端が起こすもの」という思い込みを打ち砕き、日本の大学における研究倫理教育とガバナンスの脆弱さを突きつけています。

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■ 戦争と医療倫理――731部隊は過去の話か

 『医の倫理と戦争』を手がかりに、731部隊の問題が現在の医療界に投げかける影を論じた記事です。非人道的研究が「過去の異常事例」として切り離されがちである一方、研究成果の評価や責任の所在を曖昧にした構造は、現代にも通じると指摘します。倫理教育を形式的なものに終わらせないために、歴史と正面から向き合う必要性を示しています。

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■ AI slopに抗うという姿勢

 サイエンスの最初の社説です。生成AIによる低品質な大量コンテンツ、いわゆる「AI slop」への抵抗を呼びかける短いが示唆的な論考です。問題は技術そのものではなく、評価せずに受け入れる人間側の姿勢にあると強調します。研究・教育現場では、効率化の名のもとに思考停止が進む危険があります。AIを使うからこそ、人間の判断力と責任がより問われるという逆説を突きつけています。

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■ AI安全を「国際協調」の課題として捉える

 こちらはネイチャーの社説。主要論文誌がAIを取り上げる時代性を感じます。この論考では、AI安全を各国競争の文脈ではなく、地球規模課題として再定義すべきだと訴えます。規制の足並みが揃わなければ、最も緩い国が事実上の標準になる「規制逃れ」の問題が生じます。科学外交の一環としてAIガバナンスを考える必要性が、ここでも強調されています。

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■ 科学と政治――米国科学界への打撃

 トランプ政権下での科学政策が、研究現場に与えた長期的影響を検証する記事です。単なる予算削減ではなく、制度不安と自己検閲を生んだ点が「最も麻痺的だった」と評されます。科学は即時的に崩壊しなくとも、信頼と人材は静かに失われていくという指摘が重く響きます。

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■ 博士号取得者の行き場はどこへ

 バイオテック集積地として知られるボストンでさえ、博士人材の雇用が不安定化している現実を伝えます。景気循環の問題にとどまらず、「博士を量産する仕組み」と「吸収する市場」の不均衡が露呈しています。

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■ NASA火星サンプルリターン中止の衝撃

 象徴的巨大プロジェクトの中止は、科学技術政策の優先順位を浮き彫りにします。夢と現実、政治と科学のせめぎ合いを考える材料です。

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■ 韓国発:教授職不足と頭脳流出の現実

 韓国では博士号取得者が増え続ける一方、大学の専任教員ポストはほぼ増えておらず、深刻な「出口問題」が生じています。本記事は、韓国国内で教授職を得られず落胆していた研究者に対し、中国の清華大学から好条件のオファーが届いた事例を紹介しています。背景には、中国が国家戦略として海外研究者を積極的に引き抜いている現実があります。これは個人の成功談であると同時に、韓国の高等教育・研究政策が人材を国内にとどめられていない構造的問題を示しています。日本でも同様の兆候が見られるなか、「国に忠誠心を求める前に、研究できる環境を用意しているか」が問われています。

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■ ベトナム:科学的誠実さは「協働」で築く

 本記事は、ジャーナリストと科学者が対立関係ではなく、協働して科学的誠実さを守るべきだと訴えています。研究不正や誤情報が社会問題化するなか、メディアの役割は「告発」だけではなく、正確な理解を社会に橋渡しすることだと位置づけています。これは、日本でしばしば見られる「マスコミ対研究者」という二項対立を相対化する視点です。研究公正は研究者コミュニティ内部だけで完結せず、外部の目と対話を通じて初めて機能する――ベトナムの事例は、科学コミュニケーションの成熟度を測る一つの指標とも言えます。

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■ CERN:LHCを止める責任を引き受ける人物

 欧州合同原子核研究機構(CERN)の次期事務局長に就任したマーク・トムソン教授の展望と、巨大科学プロジェクトの今後を紹介しています。トムソン氏は、世界最大の加速器である大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の一時停止を伴う大規模な改修を主導し、より高精度な観測を可能にする計画を進めています。さらに、将来的な目標として、総延長91キロメートルに及ぶ新たな超巨大加速器(FCC)の建設についても言及されています。この巨額の投資を伴う次世代機は、宇宙の謎を解明する上で期待される一方、その莫大な費用や科学的意義をめぐって議論を呼んでいます。最終的に、トムソン氏の指導の下で、欧州が今後も素粒子物理学における世界の中心的存在であり続けられるかが重要な焦点となっています。

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■ カナダ:米国科学情報への信頼低下

 カナダ政府関係者が、米国の保健機関から発信される情報の信頼性に懸念を示したという異例の報道です。科学的事実そのものではなく、「政治的圧力によって歪められる可能性」が問題視されています。これは米国一国の問題にとどまらず、国際的な科学情報流通の信頼基盤が揺らいでいることを意味します。隣国のカナダの影響は大きいです。パンデミック以降、科学と政治の距離が急速に縮まった結果、国家間の科学的信頼にも亀裂が入りつつある現状を示す象徴的な記事です。

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■ 日本:不安定な研究者キャリアの実像

 関西テレビのニュース記事です。私も実は取材協力しています。

 2025年は大阪大学・坂口志文氏と京都大学の北川進氏という二人の日本人ノーベル賞受賞者が輝かしい成果を挙げましたが、その陰で研究現場の“疲弊”が深刻です。北川氏は、研究者が雑務や事務負担に追われ、本来の研究に集中できない現状を指摘し、「どう猛に研究する環境」が失われていると語りました。この状況は、研究者が海外、たとえば中国など海外研究環境を求めて流出する一因としても捉えられています。記事では、大手科学誌『Nature』が「日本の研究はもはや世界の一線級にない」と辛辣な評価を下していると伝えられ、日本の基礎研究力の低下を懸念する声が国内外で高まっていることも紹介されています。北川氏は、研究者が自ら考えアイデアを育てる時間を確保する重要性を強調し、日本が再び研究で世界をリードするための環境整備の必要性を訴えています。

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■ 授業料高騰:大学政策が生む二重の不幸

 本記事は、日本の大学授業料が上昇し続けることによって生じる「少子化の加速」と「不平等の固定化」という二つの不幸を指摘します。高等教育への投資を個人負担に転嫁する政策は、短期的には財政負担を軽減しますが、長期的には社会全体の活力を奪います。これは「大学の問題」ではなく、人的資本形成をどう考えるかという国家戦略の欠如を示すものです。研究者問題とも深く連動するテーマと言えるでしょう。

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