科学と社会の接点を読む〜2025年12月最終週版
雇い止めされた研究者数、学校基本調査からみえるもの
2026年になりました。
昨年来このtheLetterで記事を書かせていただいていますが、2026年はここでの情報発信を強化していきたいと思っています。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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1)経済財政諮問会議(第15回)資料・結果
骨子は「経済見通し」「経済対策の推進」「経済・財政一体改革」です。研究費や大学予算は、しばしば“各論”に見えますが、実際にはここで語られる財政規律・成長戦略・支出改革の枠内で決まります。科学技術政策を語る際、CSTIや文科省資料だけでなく、諮問会議の議題設定(何が優先され、何が後回しになるか)を押さえることが、実務上の近道になります。
本会議の資料を読むと、科学技術に関しては以下のように述べています。
「科学技術・イノベーション立国/新技術立国」を支える研究・人材基盤を立て直すため、運営費交付金や競争的資金の在り方を点検し、大学・国立研究機関の基礎研究力を維持・強化するとともに、AI・半導体・量子・バイオなど戦略分野で博士・高度人材を計画的に育成する。あわせて、産学・スタートアップ間の連携を通じた人材の流動化を促進するとともに、社会人を対象としたリスキリングの充実を通じて、人生のあらゆる段階において学び続けられる環境を整え、人材力を持続的に高める。
これまでさまざまな会議で述べられてきた方針と齟齬はありませんが、政権の方針を知る上で、この会議に注目していきたいと思います。
2)規制改革推進会議(議事次第)
規制改革は、研究・医療・デジタルの制度設計に直結します。この会議の資料には以下のようなことが書かれています。
○AIの社会実装の促進・医師による画像読影等におけるAI活用の促進・弁護士法におけるAI活用の更なる明確化等・AI等を活用した採用代行の職業安定法上の許可要否及び許可要件の明確化・研究開発法人のイノベーション力向上のためのAI等の活用促進
3)第2回日本成長戦略会議開催
以前の記事でこの会議の第1回のことを書きました。
その会議の2回目が開催されています。今回は、各議員が資料を提出し、少しずつ議論が進んでいるようです。経団連の筒井義信会長の資料は、科学技術に着目しています。また、連合の芳野友子会長の資料では、雇い止め問題について触れています。茅野氏資料を紹介します。
(3)科学技術人材・その他強い経済の基盤となる人材育成
○新技術の研究および社会実装を担う人材育成のための施策の検討にあたっては、雇用に不安なく長期的な視野から新技術の研究などを行うことができる環境整備が重要である。
○この点、大学や研究開発法人等の研究者等は、「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」において、本来有期労働契約が通算5年超で発生する無期転換申込権の発生期間を10年とする特例が定められている。「雇用の安定」のための5 年の無期転換ルールが研究者などへ適用されていないことは問題である。また、無期転換逃れと疑わしき無期転換申込権発生直前の雇止めの問題も生じている。「科学技術人材・その他強い経済の基盤となる人材育成」を検討するのであれば「雇用の安定」が大前提であり、まずは無期転換の運用などの実態を把握した上で法規制のあり方を検討すべきである。
研究現場に大きな影響を与える議論だけに、引き続きウォッチしていきたいと思います。
4)公安調査庁「内外情勢の回顧と展望」
科学技術政策は、地政学・安全保障と無縁ではありません。研究セキュリティ、機微技術、情報操作(偽情報)などは、今後ますます政策の中心になります。研究者側にとって重要なのは、安易に萎縮するのではなく、研究の自由・国際連携と安全保障上の配慮を制度で両立させることです。
5)文科省:研究者・教員等の雇用状況調査(公表)
無期転換や「10年特例」をめぐる実態を、機関調査で集計したものです。雇用安定は研究力の前提条件であり、任期制の運用次第で若手が疲弊し、博士課程進学も細ります。今回は無料版では概要紹介にとどめ、有料部分で数字を踏まえて深掘りします。
6)生命科学・医学系研究の倫理指針:改正案パブコメ
生命科学・医学系の倫理指針は、研究の自由と被験者保護の境界線です。改正のたびに、研究者側は手続きを理解し直す必要があり、大学側は審査体制の更新が求められます。AI・リアルワールドデータ・バイオバンクが進むほど、匿名化・同意・二次利用の設計が難しくなり、制度が曖昧だと“現場の自己防衛”で研究が止まります。
7)文科省:学校基本調査 令和7年度結果
学校基本調査は、教育政策の“基礎体温計”です。大学院の在学者数、進学率の再算定など、政策議論の根拠がここで更新されます。今回は特に、博士課程の学生数や、博士修了後のポストドクター等の動向が、研究人材政策の核心になります。
令和7年3月の博士課程修了者は16,278人。博士課程修了者のうち、新たにポストドクター等になった人数は1,898人でした。これは前年の1,827人から71人の増加となります。
設置者別では国立大学出身が1,664人と全体の約88%を占め、私立は191人、公立は43人でした。分野別では工学が591人で最も多く、次いでその他(418人)、理学(316人)、保健(281人)と続き、これらで大半を占めます。人文科学は107人でした。
8)NISTEP:国民意識調査(偽情報・誤情報)
偽情報は科学の外側の問題ではなく、研究投資・規制・医療・気候政策の合意形成を壊す内部要因です。研究成果が社会に届く経路(SNS、動画、検索)が変わるほど、科学コミュニケーションは政策実装のインフラになります。研究者・政府関係者ほど、データと不確実性をどう語るかが問われます。
9)学振:科研費(学術変革B・基盤S)の基金化
基金化は、単年度予算の制約を弱め、研究の時間軸を伸ばせる可能性があります。一方、運用が複雑になると事務負担が増えます。重要なのは、制度変更が研究者の“手取り研究時間”を増やす方向に働くかどうかです。大型種目ほど、設備・人件費・間接経費との整合も含めた設計が必要です。
10)JST-CRDS:研究開発の俯瞰報告書
俯瞰報告書の最新版が出ました。これは、個別分野の流行ではなく、研究領域の全体像・国際比較・政策含意を整理する道具です。研究コミュニティと政策立案コミュニティの共通言語として価値があります。非常に重要な調査です。
11)大学入学金「二重払い」問題
もとになった文科省の調査が見つからないので、記事から解説します。
入学金の二重払いは、家計負担だけでなく大学入試制度の設計問題です。学生確保競争の中で、制度が“慣行”として続いてきましたが、少子化局面では不公平感が増します。大学政策は、授業料・奨学金・入試制度を一体で見直さないと、現場は部分最適に陥ります。
12)東北大が卓越研究者100人超採用
研究力強化を「採用」で実装する動きです。卓越人材の獲得は重要ですが、採用だけでは研究力は定着しません。研究時間、研究支援人材、設備更新、PIの管理負担など受け皿が伴わないと疲弊します。国際卓越大の制度とも接続し、大学の人事・ガバナンス改革が現場の労働条件改善につながるかが焦点です。
13)静岡大×浜松医大 統合・再編の混迷
混乱が続く静岡大と浜松医大の合併。これではどうにもならないと、まずは医工連携からスタートしようということに。静岡県は複数の地域の集合体であり、地域をまたぐ合併はさまざまな困難があります。この一手が大学自体の合併につながるのか、ウォッチしていきたいと思います。
14)山口大学、合格発表後に授業料値上げ公表
合格後に授業料値上げが公表されると、受験生・保護者の信頼を損ねます。大学の経営事情が厳しいことと、説明責任は別問題です。政策的には、運営費交付金・授業料・奨学金の組み合わせをどう設計するか、そして情報開示のルール(いつ、何を、どこまで)を整える必要があります。
15)理科年表100周年(基礎データの公共財)
私も子供のころから買っている理科年表。研究・教育の基盤となるデータの公共財です。オープンデータの時代でも、信頼できる編集と更新が価値を持ちます。これからも続いていって欲しいです。
16)アルツハイマー病研究論文の撤回(画像操作疑い)
近年神経科学で論文撤回が相次いでいます。多数の患者がいるアルツハイマー病は、製薬メーカーが巨費を投じて新薬を開発するなど、一度始まった研究を見直すのが難しい面がありますが、影響力が大きいだけに、誠実な研究が行われ、修正や撤回は躊躇いなく行ってほしいものです。
この件は榎木個人のnoteで解説しています。
17)九州大学:病院長の辞任
大学病院は医療提供だけでなく教育・研究の拠点です。トップ人事の変動は、ガバナンスや説明責任のあり方を問います。大学のガバナンス改革が進むほど、病院運営の透明性、研究不正やコンプライアンス対応も含めた統治が重要になります。SNS上ではたった1万円で院長職を失うのか、という反応が出ていますが、お金の多寡の問題ではありません。
18)名古屋大:パワハラ処分
ハラスメントは個別事案であると同時に、組織文化・評価制度・権力勾配の問題です。研究室は閉じた空間になりやすく、相談経路が機能しないと被害が長期化します。医学では上意下達の文化が強く、こうしたハラスメントが発生しやすい土壌があるように感じています。
19)富山大学:教職員の解雇
大学の現役教員が逮捕されるというだけで驚きでしたが、「トクリュウ」に関わっていた可能性も取り沙汰されるなど、非常に大きな問題となりました。ようやく処分が出たということですが、大学の学問の自由を隠れ蓑にした犯罪は許せません。
20)山中伸弥氏の発言(iPS治療の局面)
iPSは研究成果を患者に届ける段階に入り、基礎研究・臨床研究・規制・製造(GMP)・保険制度が結びつきます。「ここからが胸突き八丁」という言葉は、技術だけでなく制度実装の難所を示しています。
21)韓国:博士の流出と「3年保障」策
韓国は「医学部ブラックホール」と呼ばれるほど、人材が医療に流出しています。韓国が“保障”カードを切るのは、博士人材を国家の資産と見なしているからです。研究費の不安定さが人材流出を招くのは、日本も他人事ではありません。日本でも、博士課程の魅力を奨学金だけで語るのではなく、雇用とキャリアの見通し(ポスドク以降)を制度として示せるかが問われます。
22)カナダ:人口減少と留学生抑制
留学生政策は、教育政策であると同時に移民・労働市場政策です。カナダの抑制策は、大学経営、地域経済、研究人材の供給に波及します。日本も「留学生40万人」など数値目標を掲げる一方、受け皿(生活支援、研究環境、授業料設計)が不十分だと、国際競争で不利になります。
23)朝日:反科学の主張と向き合い方
反科学は、否定すれば終わる問題ではなく、社会の不信と結びついています。政策側が「科学的に正しい」だけで押し切ろうとすると、分断が深まります。研究者・政府関係者に必要なのは、価値判断の部分と事実の部分を分け、根拠と不確実性を丁寧に示すコミュニケーションです。
24)基礎研究力が危ない
須田桃子氏の記事。地方国立大で機器更新すら困難、という指摘は、裾野の崩壊を示します。選択と集中は必要な局面もありますが、裾野が痩せると、将来の芽が出ません。研究力は頂点だけでなく、教育・設備・技術職員・事務支援の土台で決まります。政策論として、基盤的経費と競争的資金の再配分が避けて通れません。
25)ノーベル賞受賞が状況を変えない理由
NHKで特集されたこともある宮野公樹さんの記事。
「基礎研究が重要」という言説が繰り返されても、さまざまな領域の研究者が対話しないと解決しないと述べています。『今、必要なのは「学問の土壌づくり」』という宮野さんの声に耳を傾けたいですね。