高市政権の「運営費交付金シフト」は本物か
──トップダウン政治と大学基盤投資のねじれを読む

高市総理は総合科学技術・イノベーション会議で運営費交付金等の基盤的経費と基礎研究投資の「大幅拡充」を指示。また文科省は2025年度補正予算案に国立大運営費交付金421億円を計上。人件費に補正予算を充てるのは法人化後初です。X上では高評価の声が目立ちますが、長期の削減傾向や一回限りの補正という限界もあります。本稿では「運営費交付金重視」への転換とも見える動きをどう評価すべきか掘り下げます。
榎木英介(カセイケン代表) 2025.11.29
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 総合科学技術・イノベーション会議で、高市早苗総理が「運営費交付金などの基盤的経費」や「基礎研究への投資の大幅拡充」を指示しました。

 同じ日に公表された文部科学省の補正予算案では、国立大学法人への運営費交付金として421億円を計上し、人件費の高騰分を補うとしています。

 毎日新聞の記事タイトルどおり、人件費に充てる補正予算は法人化後初めてとされ、X上では「革命的」「財務省をよくここまで説得した」といった評価が相次いでいます。

 一方で、これまで高市政権は日本版DOGE(政策レビュー組織)の創設など、むしろ「費用対効果」の名のもとに事業を選別するトップダウン色の強い政策が目立ってきました。

 その政権が、運営費交付金と基礎研究を前面に出し始めたことを、私たちはどう受け止めるべきなのでしょうか。

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1. 高市総理の3つの指示と、「運営費交付金」への言及

 総合科学技術・イノベーション会議での高市総理の発言は、次の3点に整理できます。

  • 運営費交付金など基盤的経費と基礎研究投資の大幅拡充の検討

  • 基礎研究から社会実装まで一気通貫で支える仕組み(研究開発税制の戦略技術領域型、大学拠点強化型など)の強化

  • 安全保障・科学技術外交と連動した科学技術政策の構築

 このうち、大学現場が最も注目したのはもちろん1つ目の「運営費交付金などの基盤的経費」の部分だと思います。運営費交付金は、国立大学の人件費や光熱水費、最低限の教育研究環境を支える「インフラ予算」です。

 これまでの成長戦略では、「選択と集中」の名のもとに競争的資金や特定の重点分野が前面に出て、「基盤的経費」は増額どころか削減を続けてきました。実際、国立大学法人化前と比べると、名目額では運営費交付金は約1600億円以上減少していると報じられています。

 文科省と財務省の対立については、以下の記事で深堀りしています。

 その流れの中で、政権トップ自らが「運営費交付金」「基礎研究」を明示的に増やす方向を打ち出したこと自体は、政治シグナルとしては重いと言わざるを得ません。

2. 文科省補正421億円の意味──「初めての人件費補正」

 こうしたなか、今回の補正予算案で計上された421億円は、人件費の高騰を反映したものであり、運営費交付金のうち人件費に充てる分を補正予算で手当てするのは、2004年度の法人化以降初めてだとされています。

 これにより、2025年度の運営費交付金は当初予算1兆0784億円に421億円が上乗せされ、総額1兆1205億円程度になる見込みです。

 X上でも、「運営費交付金の補正増は革命的」「光熱水費が払える」「本当は3000億円増やすべきだが、一歩前進」など、ポジティブな反応が目立ちます。 とくに、ここ数年は人事院勧告による給与改定や物価高に運営費交付金が追いつかず、大学が教員ポスト削減や採用抑制でしのいできた経緯があります。その状況からすれば、「人件費の補正」を政治的に認めたことは、確かに一つの「壁」を崩した出来事と言えます。

 ただし、ここにはいくつか注意点もあります。

  • 今回はあくまで「補正」であり、基準となる当初予算の水準は据え置きのまま

  • 主眼は人件費高騰への対応であり、研究時間確保やTA・技術職員増員など「研究環境の質的改善」にどこまでつながるかは不透明

  • 来年度以降も同規模の増額が続くのか、今回限りの「ドレスアップ」なのかが見えない

 つまり、「初めて人件費に補正がついた」ことは制度史的には重要ですが、大学現場の疲弊を本格的に反転させる規模かと言われると、なお疑問が残る規模感でもあります。

3. トップダウン政治と「基盤投資」──一見すると矛盾する2つの顔

 高市政権は、税制・社会保障・科学技術政策などで、かなり強いトップダウン色をにじませてきました。

  • 日本版DOGE構想に象徴される、費用対効果の低い事業を「見直す」仕組み

  • 科学技術分野でも、先端・安全保障・経済安全保障に絡む分野を「勝ち筋」として重点化する方針

  こうした文脈で見れば、運営費交付金の増額は、むしろ対照的な「基盤重視」の動きに映ります。

 しかし、よく見ると両者は矛盾しているようで矛盾していません。政権側から見れば、

  • 先端・安全保障分野で国際競争に勝つために、大学の基盤が脆弱では話にならない

  • だからこそ「勝ち筋産業」を支える大学側の受け皿として、運営費交付金や基礎研究を一定程度立て直す

 という、あくまで成長戦略の一部としての「基盤回復」だからです。

 この視点から見ると、今回の運営費交付金増額と高市総理の発言は、「大学・研究者の自律性を尊重するための基盤強化」というよりは、「国家戦略を遂行するために必要な最低限の地ならし」という色彩が濃いように感じます。

 とはいえ、「国家戦略に使うためであれ、運営費交付金が増えるなら歓迎」という現場の実感もまた、率直なところだと思います。そこで重要になるのは、

  • この流れを「一時的なガス抜き」で終わらせず、恒常的な基盤強化につなげられるか

  • 運営費交付金の配分やKPI設定を通じて、かえって大学の自由度がさらに奪われないか

 という、次の段階の論点です。ここから先は有料部分で、少し踏み込んで考えてみたいと思います。

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