88時間と90年——AIが数学界に突きつけた「先取権」という課題
本記事は、毎週発行しているメールマガジンで収集したニュースを中心に、科学技術政策関連ニュースを解説します。毎週日曜日に発行予定です。今回は先ごろ閣議決定された第7期科学技術・イノベーション基本計画について深掘りします。
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二つの数字の差。その差の大きさがいかに大きいか、驚かない人はいないと思います。
ひとつは八十八時間。これは、OpenAIが約一万体のAIエージェントを走らせて、ミレニアム懸賞問題の一つ「ナビエ・ストークス方程式の存在と滑らかさ」に関する証明を生成するのにかかった時間だとされています。九月一日に着手し、九月五日に結論に到達した、と説明されています。
もう一方は、その証明を人間の数学者が読み、理解し、位置づけ、教科書に載せられる形にまでするのに必要な時間です。数年から、場合によっては十年単位。誰も正確には見積もれません。
今回取り上げるこのニュースですが、AIすごい、という単純な感想だけを述べることはできません。なぜなら、発表の前に、ニューヨーク大学のトリスタン・バックマスター氏とAnthropic所属のレベント・アルポーゲ氏が、関連する問題について近い成果に到達していたという情報をOpenAI側が得ていたという情報があるからです。
このOpenAIの発表に対し、フィールズ賞受賞者たちが緊急声明を出しました。AI企業が数学の問題を解くことをベンチマークとして推し進めることは、数学という学問にとっても数学コミュニティにとっても有害であり、両者の目標は深刻にずれている、と。
日本からは、一九九〇年にフィールズ賞を受けた森重文・京都大学高等研究院長が名を連ねています。
ところが、同じ成果を米国数学会は肯定的に位置づけています。評価が、真っ二つに割れているのです。
私は数学者ではありません。研究公正を長く追いかけてきたウォッチャーでしかありません。それでもこの一件からは目が離せません。ここで争われているのは、数学の中身ではなく、「誰が最初にたどり着いたのか」「その成果を誰がどう検証するのか」という、科学の最も古い規範だからです。
そしてこの規範は、医学でも、生命科学でも、まったく同じ形で揺さぶられようとしています。
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