査読はタダ働きか、商売か ― 揺らぐ学術の相互扶助
本記事は、毎週発行しているメールマガジンで収集したニュースを中心に、科学技術政策関連ニュースを解説します。毎週日曜日に発行予定です。今回は先ごろ閣議決定された第7期科学技術・イノベーション基本計画について深掘りします。
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同じ週に届いた二つのニュースが明らかにするもの
病理医の仕事は、報告書に名前を書くところで完結します。標本を検鏡し、所見をまとめ、診断を下す。報告書には私の名前が残り、責任も私が負います。そして、その仕事には診療報酬という対価が支払われます。
一方で、同じように専門家として原稿を読み、判断を下しても、名前も残らず、報酬も出ない仕事があります。論文の査読です。
2026年9月の最終週、Natureに二つの記事が数日違いで載りました。一つは、第三者企業が研究者に報酬を払って論文の査読をさせている、という調査の報告です。
もう一つは、著名な研究者を本人の同意なく会員や幹部に仕立て、その権威を使って有料で称号を売る「偽学会」のネットワークを暴いた独占調査です。
一見すると無関係な話です。けれども私には、どちらも「研究者の時間と名前に値段がつく」話に見えました。
そもそも査読はどう成り立ってきたか
査読(ピアレビュー)は、同じ分野の研究者が投稿論文を読み、掲載に値するかを判断する仕組みです。学術誌の歴史は17世紀にさかのぼりますが、外部の専門家に原稿を回して意見を求める方式が多くの学術誌で制度として定着したのは、20世紀後半のことだとされています。
この仕組みは、原則として無償の相互扶助で回ってきました。今日は誰かの論文を読み、明日は自分の論文を誰かに読んでもらう。報酬の代わりに、共同体の一員としての義務感と、研究の質を守っているという自負が支えてきました。
以下査読に関する本をあげておきます。
ただ、これが成り立つには条件がありました。投稿される論文の数がそれほど多くなかったこと。著者も査読者も編集者も、顔の見える同じ共同体の中にいたこと。そして、査読をきちんとこなすことが、評判というかたちで共同体の中で報われていたことです。
いま、この条件がことごとく崩れつつあります。論文数は増え続け、研究者は世界中に散らばり、評価は論文数や肩書きといった外部の指標に委ねられるようになりました。Natureも昨年、過重負担に陥った査読システムの危機を取り上げています。
では、善意で回らなくなった仕組みの穴を、いま何が埋めようとしているのでしょうか。2026年秋のニュースをたどると、その答えは「お金」と「機械」、そしてその隙間に入り込む「偽物」でした。
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